2012年3月25日日曜日

殻竿飛行隊 - Flail Squadron - 22 Raid


 三機のNT兵器が、マニトバ州上空を南下する。
 先頭を行くスーリィのドゥルガーが、主翼を振って合図した。
 瑞樹は翼を振り返して了解したことを伝えた。緊密に編隊を組むフィリーネとは、手信号で連絡を取る。
 会合ポイントが近づきつつある。瑞樹は計器版の時計を確認した。GMT1128。現地時間は午前五時二十八分。そろそろ夜明けを迎える時刻であり、周囲は結構明るい。
 ドゥルガーが、再び主翼を振る。視認の合図だ。瑞樹は眼を凝らした。
 いた。
 手筈通り、東の空、低い高度に小さな黒点が現れていた。近づくにつれ、太い二本の胴体と巨大な三角翼が見て取れるようになる。
 フルバックだ。
 こちらの接近に気付いたフルバックから、発光信号が送られてきた。緑色の灯火が、ちかちかと瞬く。
 フラッシング・グリーン。味方の合図だ。
 瑞樹は、フィリーネを伴ってフルバックの後方についた。スーリィのドゥルガーは、前方やや上空を飛ぶ。
 オペレーション・ハイポダーミックは、極秘作戦である。全容を知るものは、ごく少数だ。UNUFNAWCの戦闘機パイロットの大半は、このフルバックの役目など知る由もない。哨戒飛行中に見つけたら、問答無用で襲い掛かってくるだろう。それを防ぐための、フレイルによる護衛である。

 その三十分前。
 カナダ、ノースウェスト・テリトリーの州都イエローナイフ。
 夜明け直後のイエローナイフ空港に、二機のカナダ空軍CC−130輸送機が降り立つ。機体から吐き出されたカナダ・ランド・フォース・コマンドの兵士はすみやかに空港を閉鎖し、周辺警備を確立した。
 フレイル・スコードロンがフルバックと会合したのと時を同じくして、滑走路に二機のC−17が着陸する。こちらから降りてきたのは、ハンク・フェントン少佐率いる英国陸軍SAS強化中隊だった。装備を降ろした兵士たちは、カナダ軍が用意した朝食を平らげ始めた。八月にもかかわらず、気温は十二度しかない。しかし、良く晴れているので戸外でも快適だった。
 イエローナイフの市民たちは、市街地の西にある空港を不安げに眺めて噂しあった。今のところ、カピィの攻撃を受けたこともなければ、軍が街に駐留したこともない。辺境ゆえに、戦争からは隔絶されていた街である。
 現地時間午前七時前。空港を眺めていた市民の大半が、腰を抜かさんばかりに驚いた。
 市街地上空を、一機のフルバックが低空で通過したのだ。それがカピィの航空兵器であることは、ほとんどの市民がTVなどを通じて知っていた。
 さらに驚いたことに、そのフルバックはイエローナイフ空港に着陸した。空港にいる軍隊は、まったくの無抵抗であった。
 理解しがたい状況である。
 現地時間午前九時ちょうど、フルバックが離陸した。市民らが始めて眼にする型式不明の小型機三機が、あとを追うように離陸する。

「そろそろお時間です」
 ヴィドが、告げた。
「うむ。あとは頼んだぞ」
「心得ています」
 ヴィドが、鼻を鳴らす。ティクバは、ちらりと舌を見せると、エレベーターに乗り込んだ。護衛役の二体が、続いて乗り込む。
 大型機発着デッキまで上がったティクバは、すでにNTを始動させて待っていたフルバックに護衛と共に乗り込んだ。機長の挨拶を受けてから、飛行用休息台に身を横たえる。
 すぐに、フルバックは発進した。空中待機していた一個編隊のファイアドッグが、護衛に付く。
 ティクバは装備ベルトから麻痺銃を取り外すと、点検した。おそらく使うことはないだろうが、用心に越したことはない。

 GMT1700。中部標準時夏時間十二時三十分。
 SASを満載したフルバックは、カンザス州トペカ市近郊のフォーブス空軍基地跡に着陸した。
 瑞樹らはNT兵器をフルバックの至近にVLさせた。ここまで来れば、UNUFAF機に攻撃される可能性はゼロに等しい。むしろ危険なのは、カピィ航空兵器である。ティクバの計らいで、この空域の哨戒は行われないことになっているはずだが、カリフォルニアを発進した不定期パトロールが現れる危険性がある。もし発見されたとしても、フルバックを巻き添えにしなければ攻撃できない位置にNT兵器がいれば、カピィのパイロットも射撃をためらうだろう。
 瑞樹は外気を入れようとキャノピーを開けたが、すぐに閉めた。
 耐え難い熱気が侵入してきたからだ。外の気温は確実に三十度を超えているだろう。
 ふと見ると、フィリーネのイシュタルは、フルバックの大きなデルタ翼が作り出す日陰に、ちゃっかりと入っていた。‥‥あれでは目視対空監視ができないし、とっさのVTOもできないが、瑞樹はフィリーネを咎める気にはなれなかった。
 時間がゆっくりと流れてゆく。ティクバの乗るフルバックの到着予定時刻はGMT1730。待機時間はなるべく短い方が理想的だが、カナダからの飛行時にトラブルが生じた場合のことを考えると、若干の余裕を持たせたほうがいい。待ち時間三十分というのは、ぎりぎりの時間だった。
 GMT1725。スーリィのドゥルガーと、瑞樹とフィリーネのイシュタルは離陸した。低空を保ったまま、東北東へと向かう。
 時間通りに、フルバックが現れた。発光信号で味方識別ののち、フォーブス空軍基地跡に着陸する。護衛のファイアドッグは、低空で旋回待機に入った。

 ダリルはドゥルガーを降りて待っていた。
 ティクバが本物かどうか確かめるように、アークライトに命じられていたのである。人類で唯一、ダリルが外見だけでティクバを識別することができる。偽物が送り込まれたとすれば、100%罠に違いない。
「ダリル。貴殿が護衛についてくれるとは、心強い」
 フルバックを降りてきたカピィが、舌を見せた。
「みんなを頼むよ、ティクバ。必ず作戦を成功させておくれよ」
 ダリルは同じように舌を出した。アークライトの方に向け、軽くうなずいてティクバが本物であることを知らせる。
「よろしく頼みます、ミスター・ティクバ」
 アークライトが、ティクバの触腕を握った。
「パルマー中佐はご存知ですな。こちらが、本作戦の要となる戦士集団の部隊長、フェントン少佐です」
「共に戦えることを嬉しく思いますぞ、フェントン少佐」
 ティクバが触腕を差し出す。
「こちらこそお会いできて光栄です、ミスター・ティクバ」
 フェントン少佐が、ぎこちない笑みを浮かべて、ティクバの触腕を握る。
「作戦は順調ですかな、パルマー中佐?」
 ティクバが、訊く。
「現在までのところ、問題は生じていません」
「では、タイムスケジュール通りに」
 ティクバが、待機しているフルバックの方へ歩み出した。二体の護衛、パルマー中佐、フェントン少佐が続く。
 アークライトが、ダリルを手招いた。
「様子はどうだ?」
「落ち着いていますね。妙な感情の変化は見て取れませんでした」
 ダリルはそう言った。
「うむ。どうやら担がれてはいないようだな」
「お気をつけて」
「ありがとう。‥‥中佐。ひとつだけ訊きたい。わたしは落ち着いているように見えるかね?」
「はい。普段通りに見えますが」
「ふむ。やはり、人類はカピィよりも感情を秘匿しやすいようだな」
 アークライトが、口の端を歪めるようにして、苦笑した。

 飛行するフルバックの機内で、最終的な打ち合わせが行われる。
「軍用船二号に居る情報提供者から、気になる情報が伝えられた」
 ティクバが切り出す。
「オブラクが、連絡艇の警備を強化したそうだ」
「‥‥攻撃を悟られましたかな」
 パルマーが、顎を撫でる。
「いや、そうではない。どうやら、オブラクの部下の中にも人類市民攻撃に反発する者が多いようなのだ。その一部が、何らかの妨害工作を行う可能性を慮ってのことと思われる」
「なるほど、サボタージュ対策ですか」
 アークライトはうなずいた。
「具体的に、どのような警備強化がなされたのですか?」
 フェントン少佐が、訊く。
「主に機械的なものだ。管制室への扉の閉鎖。アクセスハッチの閉鎖。それに、連絡艇格納デッキへの警備常駐。諸君であれば、突破するのは容易だろう」
「PE4を余分に持っていきましょう」
 曹長のひとりが、進言する。
「任せるぞ、キャンベル曹長」
 フェントン少佐が、うなずいた。

 コロラド州に入ったところで、フレイル・スコードロンはフルバックの護衛任務を打ち切った。これ以上随伴したら、着陸船二号に発見される危険性が高まる。あとは、ファイアドッグ一個編隊に任せて、フレイルは低空で旋回待機に入った。
 フルバックの着陸船到着予定時刻はGMT1830。太平洋標準夏時間で午前十一時三十分。その直後に突入作戦が開始される。フレイルは突入開始後二十分以内に現地に到着し、不測の事態に備える事になる。
「これで、戦争が終わるのかなぁ」
 まぶしいコロラドの日差しを見上げながら、瑞樹はつぶやいた。
 とにもかくにも、戦争が終わってくれれば、みんなの死は無駄にはならない。アレッシア、ニーナ。ミギョン。ミュリエル、ヘザー。そして‥‥サンディ。

「十分前!」
 パルマー中佐が、怒鳴った。
 すでに、突入隊は左右胴体の後部、貨物ランプの前に集結していた。
 アークライトは自分のM−16A2をチェックした。異常はないようだ。着慣れていない抗弾ベストと、UNUF標準のヘルメットのせいか、どうも居心地がよくない。
 傍らのチョープラー大尉を見る。こちらも、気分は良くないようだ。緊張した面持ちで、アサルト・ライフルを握り締めている。
「ジャミール。力を抜け」
 ホーキンス大尉が、チョープラーの肩を叩いた。
「そう言われてもね」
 チョープラーが、苦笑する。
「難しいことはSASの連中に任せておけばいいんだ。俺たちは、ミスター・ティクバと司令の護衛だけ考えていればいい」


アルメニアの人口は何ですか?

 護衛していたファイアドッグが、任務を軍用船二号のファイアドッグに引き継いで、一足先に着陸デッキに消える。
 数十秒後、フルバックが大型機用着陸デッキに滑り込む。
 操縦手は、機体を奥までタキシングさせた。次いで方向転換し、尾部を二基並んだエレベーターに向ける。
 一体のカピィが、走り寄って来た。何か喚いている。おそらく、こんな奥に停めるなとか文句をつけているのだろう。主触腕を、激しく振り回している。
 後部ランプが開いた。降りてきたカピィが、麻痺銃を怒っているカピィに向ける。
 麻酔剤の発射体が、撃ち込まれる。
 そのカピィが意識を失う前に、武器を構えたSAS隊員たちがどっと着陸デッキにあふれ出した。案内役のカピィ数体が、エレベーターの制御パネルに取り付く。
 アークライトも、駆け出したホーキンス大尉に続いた。すぐ後方に、両脇を護衛役のカピィに挟まれたティクバが続く。殿は、チョープラー大尉だ。
 エレベーターが到着した。ダメコン制御室制圧部隊が乗り込み、上を目指す。
 もう一台のエレベーターも到着した。アークライトらは邪魔にならぬように真っ先に乗り込んだ。背後からは、MINIMIの軽い連射音が聞こえている。カピィが早くも反撃に転じたのか、それとも威嚇射撃か。
 エレベーターが、下がり始める。扉など付いていない、開放型のエレベーターだ。通り過ぎるデッキには、慌てふためいて主触腕を振り回しているカピィの姿があった。SAS隊員が、混乱させる効果を期待して、それぞれのデッキに数発ずつCSグレネードを投げ込んでいる。
 連絡艇管制室と同じレベルに到着。
 案内役のカピィを守るようにして、SAS隊員たちが走り始めた。時折現れるカピィに対しては、容赦なく銃撃が浴びせられる。
 アークライトもM−16A2を抱えて走った。
 一同は、管制室前にたどり着いた。出入り口の扉は閉まっていた。案内役の一体が、壁の開閉パネルを撫でたが、反応はない。
「ロックされている。開けられない!」
 カピィが振り返って喚く。翻訳機を通じて聞こえる甲高い幼女声が、なんとも場違いだ。
「爆破準備!」
 パルマー中佐がそう叫ぶ前に、すでに爆破担当の数名が走り出していた。残りの者は、素早く下がった。
「対爆姿勢!」
 パルマー中佐が、怒鳴る。
 アークライトは床に伏せると、耳を押さえて口をあけた。
 どん。
 くぐもった音と、爆風が伏せた隊員たちの頭上を駆け抜ける。
「突入!」
 パルマー中佐が、再び怒鳴る。
 伏せていた数名が飛び出し、煙を噴出す扉の残骸越しに、スタン・グレネード(衝撃手榴弾)を投げ込んだ。
 爆発音の残響が止まぬうちに、SAS隊員が銃を肩付けにして中へと飛び込んでゆく。
 アークライトもホーキンス大尉のあとに続いて管制室に走りこんだ。一班が扉脇でMINIMIとM−16A2を構え、カピィの反撃に備える。
「慎重にやれ!」
 パルマー中佐が、指示する。
 管制室はかなり広かった。いくつかの休息台と、壁際のディスプレイとコンソール。ほとんどが、連絡艇の航行管制と制御用のものだ。肝心の射出コントロール‥‥兵器として使用される場合の管制用‥‥は、さらに扉の向こうにある。
「開かない! 誰か中にいる!」
 味方カピィの一体が、叫ぶ。
 射出管制用の小部屋への扉は、単なる仕切りであり、ロックはできないはずである。そこが開かないということは‥‥誰かが中にいて、物理的に扉を閉鎖しているに違いない。
「キャンベル! 急げ!」
 パルマーが、急かした。
 爆破班が、すぐさま扉に取り付いた。その向こう側にある部屋は、さほど大きくはない。大量の爆薬を使用して力ずくで爆破すれば、制御用コンソールを破壊してしまう。そうなれば、ここから連絡艇を制御することはできなくなる。作戦は失敗だ。
 紐状の指向性爆薬が、扉に仕掛けられた。デト・コードを繰り出しながら、隊員が離れる。
「対爆姿勢!」
 パルマー中佐が、怒鳴る。

 ぼすん。
 くぐもった音と共に、扉が内側へと倒れた。
 パルマー中佐は真っ先に飛び込んだ。
 カピィがいた。一体だ。爆発のショックか、パルマーに気付いているはずなのに動きが鈍い。
「殺すな!」
 パルマーは叫びつつ、M−16の銃床をカピィの首筋に叩き込んだ。飛び込んできた他のSAS隊員も、カピィを叩きのめす。
「しまった」
 パルマーは思わず罵った。
 コンソールの下のアクセスパネルが、開かれている。電子部品の一部と思われる色とりどりの小片が、床に散らばっていた。何らかの工具らしい金属棒も、落ちている。アクセスパネルの奥からは、ケーブルのような線が何本も突き出していた。
 気絶させたカピィが、コンソールをいじったのだ。
「見てくれ!」
 パルマーは、案内役のカピィを手招いた。
 すぐさま、三体のカピィがコンソールに群がった。副触腕で、スイッチ類を操作する。
 正面のディスプレイが、すぐに明るくなった。
 パルマーはほっと息をつくと、M−16A2のセイフティを掛けた。どうやら、間に合ったらしい。
「どうだ?」
 小部屋に入ってきたアークライト中将が、訊く。
「なんとか成功したようです。こいつが‥‥」
 パルマーは床に横たわって伸びているカピィを指差した。
「我々の侵入に気付いて、コンソールを壊そうとしたようですが、阻止できました」
「オグセか。あわれな奴だな」
 のそのそと近づいてきたティクバが、自分の麻痺銃で気絶しているカピィに一発撃ち込む。
 パルマーの腰に着けられたカピィ供与の通信機が、甲高い音を響かせた。パルマーは、教えられた通りにその表面をさっと撫でた。
「パルマーだ」
「フェントンです。ダメコン制御室完全制圧。負傷者二名。敵の反撃を受けていますが、持ちこたえています。以上」
「こちらも連絡艇管制室を占拠した。現在、味方カピィがコンソールを操作中だ」

「馬鹿な。人類戦士が侵入しただと‥‥」
 オブラクは主触腕を振り回した。
「撃退しろ! 数は多くないはずだ!」
 そう命じてから、声を潜めて毒づく。
「‥‥ティクバめ。種族の裏切り者が」
 実はかなり以前から、オブラクはティクバの反乱の可能性を危惧していた。自分の部下の中にティクバのシンパがいることは承知していたし、情報を流すものがいることも薄々感付いていた。だから、それなりに手は打ってきた。だが、人類と結託してこの船に襲撃を掛けてくるとは、予想外だった。
「これは‥‥」
 入ってきたデータを解析していた研究員が、驚愕する。
「どうした?」
「侵入者は二手に分かれた模様。一群はダメージ・コントロール制御室を狙っていると推測されます。もう一群は‥‥」
「どこだ?」
「下部連絡艇管制室と推測されます」
 ‥‥まずい。
 ティクバのシンパによる妨害工作を懸念して、連絡艇関連部署の警備強化は命じてあったが、大規模な武装襲撃に対処できるだけの配置は行っていない。
 連絡艇管制室を占拠されれば、こちらの切り札を失うことになる。
 人類の数を減らし、移住を成功させるという計画が、失敗に終わる。
 オブラクは決断した。
「下部連絡艇管制室に向かう。イオシフ、武装した者を集めろ。手すきの者は、武装して上部連絡艇管制室を守らせろ」
「承知しました、戦略指導者」
 オブラクは部下を引き連れて、通路を駆けた。エレベーターに取り付き、操作パネルを叩く。

「すべて切れ! 全部切れ!」
 フェントン少佐が煽る。
 ダメコン制御室のコンソールに取り付いたカピィたちが、動力関連のスイッチを素早い副触腕捌きで次々と切ってゆく。
「‥‥これでレーザーも照射できないし、航空兵器発着デッキの扉も開きません。エレベーターも使えない。軍用船二号は、その機能を喪失しました」
 カピィの一体が、振り向いて歯を見せた。

「宇宙船指揮者ティクバ、これをご覧下さい」
 カピィの一体が、ディスプレイを副触腕で指した。緑色のカピィ文字が、三行ほど表示されている。
「駄目か」
「そのようです、宇宙船指揮者ティクバ」
「どうしたのです?」
 パルマー中佐が、訊いた。
「残念だが、オグセが壊したユニットは思ったより重要な部分だったようだ。ここからでは連絡艇を制御できない」
 ティクバが、喋る。
「直せないのですか?」
「直せる。ただし、時間がかかる」
「なら、取り掛かってください。焦る必要はない。ダメコン制御室を押さえている以上、この船の戦闘力はゼロに等しい。五十分後には、増援部隊も到着します」


なぜ人々は世紀の変わり目にアラスカに来ていた

「なぜ動かん!」
 オブラクは喚いた。
 エレベーターに乗り込んだものの、操作パネルを撫でようが叩こうが、上昇も下降もしない。
 ダメージコントロール制御室を占拠されたのだ。それ以外、考えられない。
 船内各所から、通信機を通じて報告が次々にもたらされる。
 対空レーザー発射不可能。戦闘機発着デッキ外壁扉開閉不能。全エレベーター機能停止。早期警戒システム反応なし。外部通信機能不通。
 軍用船二号は、戦闘能力を喪失していた。
 ‥‥ティクバめ。
 オブラクは心中で罵った。ティクバの乗る大型機が着艦した直後に、人類の戦士が大挙して船内に現れた。奴の関与は、明白である。
 兵力の移動手段を絶たれてしまった以上、下部連絡艇管制室やダメージコントロール制御室を奪還することは不可能だろう。戦闘機も発進できず、対空レーザーも照射できない軍用船など、触腕の届く高さに生った果実と同じくらい無力である。
 となれば、やるべきことはただひとつ。この船が人類の触腕に‥‥いや、手に落ちる前に、計画を遂行すること。
 そう。人類の減少。
 幸いなことに、連絡艇の射出はその搭載するNTに依存して行われるので、軍用船の動力が絶たれても問題はない。制御も管制室の予備電源で充分賄えるはずだ。
 オブラクは、自分の通信機を撫でた。上部連絡艇格納デッキを呼び出す。
「上部連絡艇格納デッキ、管理者代理トカンです」
「戦略指導者オブラクだ。そちらの警備状況は?」
「現在十四体を確認しています。ただし、武器を携行している者は約半数です」
 オブラクは心中で罵った。妨害工作に使用されることを懸念して、警備要員以外の者の武器携行に制限を加えたことが、裏目に出た。
「よろしい。管理者代理トカン。すべての連絡艇を、すみやかにプリセットした目標に向けて射出したまえ。射出コードを伝達する‥‥」
 オブラクは、カピィ文字による射出コードをトカンに教えた。
「了解しました。しかし‥‥かなり時間が掛かりますが」
「承知している。今すぐ開始せよ」
 オブラクは主触腕を振り回したいのをぐっと堪えた。もともと、連絡艇は兵器ではなく、即応性は持ち合わせていない。その上、最近では妨害工作防止のために、射出手順をわざと複雑にしてある。時間が掛かるのは仕方がない。

 ティクバの副触腕が、だらりと下がった。コンソールに取り付いていたカピィたちは、アクセスパネルの奥に頭部と触腕を突っ込んで、必死になってコンソールの修理に取り組んでいる。
「どうしましたか、ミスター・ティクバ」
 様子がおかしいことに気付いたアークライトは、訊いた。
「すべての連絡艇のNTが、起動しました」
 ディスプレイに浮かんだカピィ文字を触腕で指しつつ、ティクバが説明する。
「なんだって!」
 パルマーが、眼を剥く。
 ティクバが、副触腕でコンソールをなにやら操作した。即座に、ディスプレイの一枚にカピィ文字が流れ出す。
「‥‥オブラクめ」
 ティクバが、主触腕を振り回した。
「落ち着いてください、ミスター・ティクバ。どうしたのですか」
「上部連絡艇管理室から、NTを起動させる命令が出されています。おそらくは、射出するのでしょう」
「止めさせてください」
 パルマーが、即座に言う。
「残念ですが、こちらの故障が直るまで止められません」
「なんですと‥‥」
「修理は間に合いますか?」
「無理ですな。修理には、まだ三十分は掛かります。おそらく射出まで、あと十分もない」
「なんてことだ‥‥」
 アークライトは天を仰いだ。作戦はほとんど成功したというのに。
「連絡艇の目標は‥‥以前お話した場所ですな」
 ティクバの副触腕が、コンソールの上を踊る。
 ディスプレイの一枚に、地球の地図が表示された。目標地点が、光点で示されている。
 華北、華中、華南。日本の本州。ヒンダスタン。ガンジス川河口付近。ムンバイ付近。インダス川河口。ジャワ島。北ドイツ平原、モスクワ。ナイル・デルタ、南アフリカ。ブラジル南東部。
 ‥‥すべて攻撃されれば、十数億人が死亡するだろう。
「止められないのですか、ミスター・ティクバ!」
 パルマーが、迫る。
「事前に設定した射出中断コードが判れば、今すぐにでも止められるが、知っているのはおそらくオブラクだけだろう。発射命令が入力された上部連絡艇管制室からならば、コードなしでも中止コマンドだけで止められるが」
「行きましょう。フェントン少佐に、一台だけエレベーターを動かしてもらえばいい」
 アークライトは走り出した。ティクバとその護衛も、続く。パルマーが走りながら、命令を怒鳴った。待機していた二十名ほどが、隊伍を整えて続く。

 執務室に戻ったオブラクは、上部連絡艇管制室を呼び出した。
「まだ射出できないのか?」
「事前準備が整っていた二隻だけならば、短時間で可能ですが、残る十一隻も順次射出となると‥‥」
 管理者代理トカンが、言い訳する。
「判った。可能な限り急がせろ。それから‥‥」
 オブラクは、ひとこと付け加えた。
「念のため、機能をロックしておけ」

 下部連絡艇管制室出入り口は、激しい銃撃戦の最中だった。
「報告しろ!」
 伏せている少尉を捕まえて、パルマーが怒鳴る。
「敵は五十ないし六十。完全に通路を封鎖しています。こちらの負傷者は四名」
「‥‥突破できないのか?」
 アークライトは、訊いた。
「無理です、サー。奴ら、射撃の腕は悪くないです」
 少尉が、喚くように言う。
「他に上部管制室に行く方法は‥‥」
「他の出入り口があれば、そこからここに入ったさ」
 チョープラーの提案を、パルマーが一蹴する。
「フェントン少佐の部隊は使えないか?」
 アークライトは訊いた。
「すでにカピィの組織的な反撃を受けている。状況は、ここと同じです。無理ですな。むしろ可能性があるのは、オルコット大尉の方です」
 パルマーが、通信機でフルバックを守るオルコット大尉を呼び出した。しかし、こちらも多数のカピィに囲まれ、身動きがとれないという。
「ミスター・ティクバ。あなたに同調している者に、上部管制室の占拠を依頼できないか?」
 アークライトは、訊いた。
「おそらく、同じデッキにはひとりもいないでしょうな。無理です」
 ティクバがにべもなく断る。
「‥‥支援部隊が到着するまで、あと三十分はある。どうあっても、間に合わない」
 パルマーが、腕時計に眼を落として言う。
「一か八か、突撃しますか。カピィの銃ならば、当たっても死にはしませんし」
 ホーキンスが、提案する。
 アークライトも、腕時計に眼を落とした。GMTに合わせてあるので、18:50を示している。‥‥待てよ。そういえば、もうひとつ支援部隊がいるのを忘れていた。
「待った」
 アークライトは、胸ポケットから着陸船内見取り図を取り出した。
「ミスター・ティクバ。上部連絡艇発着デッキの外壁扉は、ダメコン制御室から開けられますね?」
「たぶん大丈夫でしょう。何をお考えですかな?」
「あまりやらせたくはないが‥‥他に方法はないようです」
 アークライトは、自分の通信機を取り上げた。‥‥オルコット大尉に中継してもらえれば、連絡はつくだろう。

 瑞樹の放ったスイフトが、最後のファイアドッグを叩き落す。
 偵察や哨戒から帰ってきたファイアドッグやフラットフィッシュが、フレイル・スコードロンに対し攻撃を掛けてきたが、瑞樹らはこれを難なく撃退していた。すでに、着陸船は完全に沈黙し、周辺を飛び回ってもレーザー一本たりとも撃ってはこない。ファイアドッグやフラットフィッシュの発進デッキ外壁も閉じられたままで、一機も迎撃に発進してこない。‥‥作戦は順調に推移しているようだ。
「フレイル各機。こちらアークライトだ。聞こえるか」
 ラジオに、司令の声が飛び込んできた。
「こちらフレイル4。なんでしょうか?」
 一応フライト・リーダーを務めるダリルが、訊く。
「よく聞いてくれ。いまから上部連絡艇発着デッキの西側扉を開く。着陸船上端から300メートルほどの位置だ。全機、そこへ着艦しろ」
「‥‥なんですって?」
「入り口から180メートル進んだところで、北側の壁面をフォコンで破壊しろ。穴が開いたら、コンソールがいくつもある管制室に入れるはずだ。その奥にある、小部屋を占拠しろ。判ったか?」
「あの〜、司令。あたしたち、パイロットなんですけど」
 瑞樹は思わず口を挟んだ。コマンド隊員の真似事など、できるわけがない。
「判っている。しかし、君たちしか頼れるものがいないのだ。‥‥ミスター・ティクバに代わる」
「ダリル、聞こえるかな?」
「ああ、聞こえるよ。いったい、どうしたんだい?」
「作戦に齟齬が生じた。発着デッキにいる者から、通信機を手に入れてくれ。それで、こちらと連絡が取れる。射殺しても構わぬ」
「判ったけど‥‥これに何の意味があるんだい?」
「貴殿らが行動してくれねば‥‥十数億の人類市民が命を落とすことになる」


1940年にオランダの通貨は何ですか?

「突入!」
 ダリルの合図で、フレイル・スコードロンは連絡艇発着デッキに侵入した。空母のフライトデッキよりも広々としているので、二機が並んで入っても充分にゆとりがある。
 先行するドゥルガー二機が、奥に向けて27ミリの威嚇射撃を行った。居合わせたカピィ数体が、慌てふためいて逃げてゆく。
 瑞樹は150メートルほど進んだところで、機体を停めた。180メートルと思しきあたりに狙いをつけ、フォコンを発射する。
 一発で、直径五メートルほどの穴が開いた。
 ドゥルガーから、スーリィとダリルが飛び降りる。瑞樹とフィリーネも、イシュタルから降りた。手には、サバイバルキットから出したP228がある。予備弾倉二本は、ポケットの中だ。‥‥異星人の巨大宇宙船に殴り込むにしては、あまりにもお粗末な装備である。
「フィリーネ。あなた、射撃上手?」
 走りながら、瑞樹は訊いた。
「拳銃ですか? 下手です」
「じゃあ、援護はあのふたりに任せるしかないわね」
 瑞樹はそう言った。薄く煙を吐く穴のそばに膝を着き、スーリィとダリルが駆け寄るのを待つ。
「わたしとフィリーネで飛び込むわ。援護をお願い」
 瑞樹は言った。
「馬鹿言うな。あんたらみたいな下手糞に任せられないよ。スーリィ、行くよ」
「了解」
 止める間もなく、ダリルとスーリィが穴の縁を越える。瑞樹とフィリーネは、慌てて拳銃を構え、穴の縁から突き出した。
 ぱんぱんぱん。
 ダリルとスーリィが、同時に発砲した。
 壁際にコンソール、中央に休息台が並ぶ大きな部屋の中にいたカピィは、二体だった。両方とも、主触腕に銀色の筒を保持している。‥‥カピィの、麻痺銃だ。
 カピィの身体に、9ミリ弾が突き刺さる。
 瑞樹も発砲した。フィリーネも、撃つ。
 狙ったカピィが、崩れ折れた。
 もう一体も、前肢を折り、倒れ伏す。
 ダリルがさっそく駆け寄って、装備ベルトから通信機を奪った。スーリィは、油断なく拳銃を構えたまま、周囲をうかがっている。
「瑞樹、フィリーネ。後ろを守っててくれ」
 ダリルが言いつつ、通信機を操作した。

「こちらフレイル4。お目当ての部屋は制圧した」
「でかしたぞ、中佐」
 アークライトは、笑顔で応じた。
「ダリル、奥に小部屋があるはずだ。そこを占拠してくれ」
 自分の通信機で、ティクバが告げる。
「‥‥ここかな。おっと」
 ダリルの言葉が切れ、数発の銃声が通信機から響いた。
「シェルトン中佐!」
「‥‥驚かせて済みません。二体のカピィを射殺しました。小部屋はクリアです。奥に、コンソールがありますね」
「こちらの指示通りに操作してくれ。難しくはないはずだ」
 ティクバが、喋る。

 いきなり、フォコンであけた穴から三体のカピィが突っ込んできた。
「わっ」
 瑞樹は本能的に引き金を引いた。慌てていたが、初弾からカピィに命中する。
 フィリーネも撃ち出した。
 二体のカピィが、床に転がった。
 瑞樹は残る一体に拳銃を向けた。
 指が引き金を引く。だが、弾丸は発射されなかった。
 撃ち尽くしたのだ。
 生き残ったカピィが、突っ込んでくる。‥‥狙いはフィリーネのようだ。
「きゃあ」
 カピィが、フィリーネに体当たりをかまそうとする。俊敏なフィリーネは横へステップを踏んでこれを避けた。だが、カピィの主触腕が一閃し、フィリーネの膝を強打する。フィリーネは、無様に床に倒れ込んだ。
「フィリーネ!」
 叫びながら、瑞樹は左手でポケットから弾倉を取り出した。右手でマガジンキャッチを操作して空の弾倉を落とし、新しい弾倉をはめ込もうとする。
 カピィの主触腕が鞭のように瑞樹の右手を打った。拳銃が、あらぬ方へ弾き飛ばされる。
「ああぅ」
 カピィに圧し掛かられて、フィリーネが呻く。カピィの右前肢が、高く上げられた。
 瑞樹の脳裏に、いつぞやのクルーズ中尉の講義の内容が蘇った。
 ‥‥カピィの格闘戦法は、脚による踏みつけ攻撃。
 標準的なカピィの体重は、120kgから180kg程度と言われている。華奢なフィリーネが踏みつけられたら、胸郭を押しつぶされ心停止するだろう。
 瑞樹は素早く前に踏み出した。飛ばされた拳銃を探している暇はない。武器は、左手に握っている弾倉のみ。
 再びクルーズ中尉の言葉が蘇る。
 ‥‥カピィの弱点。垂れ耳の付け根。脆弱な骨格。
 瑞樹は弾倉を握った左手に右手を添えると、弾倉をナイフのように鋭く突き出した。狙うはもちろん、カピィの耳の付け根のわずかに下だ。
 固い手ごたえ。
「!」
 カピィが、悲鳴のような音を漏らす。身体がのけぞって、後肢だけで立ち上がる。耳の皮膚が破れ、オレンジ色の体液が噴き出している。
 両腕を上げた瑞樹は、もう一度同じ場所に弾倉を叩き込んだ。
 瑞樹の方に向き直ったカピィが、主触腕を振り回しつつ前肢を床につけた。黒い眼が、瑞樹を睨む。
 瑞樹は弾倉を身体の前で構えた。突っ込んで来られたら、横に跳んで躱す腹積もりだった。
 ぱんぱんぱん。
 床に仰向けになったまま、弾倉交換を終えたフィリーネが発砲した。
 側頭部に立て続けに銃弾を喰らったカピィが、がくりと脚を折る。
「大丈夫ですか、瑞樹」
 立ち上がったフィリーネが、駆け寄る。
「ありがとう、助かったよ」
「わたしも助けてもらいましたから、おあいこですわ」
 フィリーネが、弾き飛ばされた瑞樹の拳銃を見つけた。歩み寄って拾い上げ、瑞樹に渡す。
「ありがとう」
 瑞樹は手にしていた弾倉を見た。リップの部分が曲がっている。このままではたぶん、給弾不良を起こすだろう。駄目になった弾倉をポケットに押し込んだ瑞樹は、新しい弾倉を拳銃にはめ込んだ。
「大丈夫?」
 拳銃を手にしたスーリィが、駆け寄ってきた。
「何とか。そっちは?」
「なんか、トラブルみたい。ともかく、あっちはダリルに任せとこうと思う」

「上部連絡艇管制室から応答がありません」
「構わぬ。あそこからでは射出管制はできない」
 オブラクは、自分の用心深さを密かに誇らしく思った。万が一を考慮して、上部管制室の機能をトカンにロックさせたのだ。これを解除するには、オブラクか宇宙船指揮者代理ゼレしか知らない制御コードが必要である。
 下部管制室からでも、通常の手順で射出を止められるはずだが、いまだその兆候はない。やり方が判らないのか、あるいは機器の故障か。いずれにしろ、オブラクは運が自分にあると感じていた。
「技術員。連絡艇の状況をここでモニターできるようにしてくれ」
 オブラクは命じた。射出の状況くらい、確かめておきたい。

「判った。もう一度やってみる」
 ダリルは、通信機から流れるティクバの指示に従い、コンソールを操作した。
「よろしい。正面のディスプレイに、赤い文字列が出るはずだ」
「出ないよ。緑色の文字が、一列出てる」
「読んでくれ」
「読めないよ」
「形状を説明してくれればいい」
「‥‥えーと、ひっくり返した傘、角ばった@、卵ふたつの目玉焼き、工兵部隊‥‥じゃなくて、右に倒れたE、半円とXの組み合わせ、斜めのダンベル、数字の6、また角ばった@、メルセデスのエンブレム‥‥」
 ダリルは思いつくままに、眼にした文字を説明していった。
「ありがとう、ダリル。待機してくれ」
 十数文字説明したところで、ティクバが止めた。

「どうやら、機能が制限されているようだ。上部管制室から、射出を止めることはできない」
 ティクバが、喋る。
「フレイル・スコードロンを戻しましょう。あの娘たちなら、連絡艇を阻止できる」
 ホーキンス大尉が、提案する。
「戻すのは賛成だが、阻止は難しいだろう。連絡艇は武装しているし、簡単には破壊できない」
 ティクバが指摘した。アークライトはスーチョワンの事例を思い出した。数十発のミサイルで迎撃したが、命中したのは三発だけ、しかも完全破壊には失敗し、針路を逸らすことしかできなかった。
「ミスター・ティクバ。残り時間は?」
 ティクバが、コンソールを見やった。
「あと‥‥六分ほどですかな。幸い、奥の手があります」
「あるなら早く‥‥」
 パルマー中佐が、焦れる。
 ティクバが、通信機を持ち上げた。アークライトが手にしている船内見取り図を副触腕でひょいとつまみ上げ、見入る。
「ダリル、聞こえるか?」
「聞こえるよ」
「すみやかにNT兵器に戻って、乗り込んでくれ」
「判った」
「なにをお考えですかな?」
 アークライトは、訊いた。
「NT兵器の武器なら、短時間で隔壁と連絡艇の外板を破壊して、内部に侵入することができる。そこで、連絡艇のNTを直接操作するのですよ」
 ティクバが、鼻を鳴らしながら喋った。
「一隻だけ阻止しても意味がありませんよ」
 ホーキンスが指摘する。
「目的は連絡艇の破壊ではない。NTを暴走せしめることにある」
「‥‥まさか、ミスター・ティクバ」
 パルマーが、息を呑む。
「暴走させれば、軍用船二号ごと吹き飛ばせる」
 ティクバが、歯を見せた。


「撤収!」
 ダリルが、小部屋から駆け出してきた。
「終わったの?」
 スーリィが、訊く。
「よく判らないけど、ティクバから機に戻るように指示が来た。行くよ!」
 ダリルが先頭を切って走り出す。瑞樹は続いた。
 隔壁の穴から、ダリルがひょいと顔を突き出し、すぐに引っ込めた。一瞬後に、カピィが撃ったと思われる麻痺銃の発射体が数発飛来し、隔壁の残骸に当たってぱしんぱしんという音を響かせた。
「右に三体いた。威嚇発砲してくれ。あたしは左を見る」
 ダリルが言う。瑞樹らは、残骸によじ登って発砲準備を整えた。ダリルの合図で、腕だけ突き出して数発乱射する。
「左は誰もいない。ドゥルガーにたどり着けそうだ。あたしとスーリィで走るから、援護してくれ」
「予備弾倉ちょうだい」
 瑞樹は手を出した。ダリルが、一本を渡してくれる。
「さっきと同じ要領だ。よし、いいぞ」
 ダリルが合図する。瑞樹とフィリーネは発砲した。
 ダリルとスーリィが、穴から飛び出す。瑞樹は僅かに身を乗り出すと、しっかりと狙いを定めて撃った。隔壁のくぼみに隠れて麻痺銃を撃っていたカピィに、銃弾が当たる。
 瑞樹の弾が切れた。空の弾倉を落とし、ダリルから貰った弾倉を叩き込む。スライドストップを押し下げ、発砲を再開する。
 どっ。
 いきなり、カピィが隠れている隔壁のそばに大きな穴が開いた。
 ドゥルガーの27ミリが吠えたのだ。二体のカピィが、負傷した一体を引きずるようにしながら慌てて逃げてゆく。
 瑞樹とフィリーネも、その隙に急いでイシュタルに乗り込んだ。

「しかし‥‥この周囲にはまだ多数の市民が‥‥」
 ホーキンス大尉が、喘ぐ。
「二千万人くらいですかな。十数億に比べれば、僅かなものでしょう」
 こともなげに、ティクバ。
 カリフォルニア南部と中部。ネヴァダと、アリゾナの一部。三千万人は下らないだろう。
「しかし、暴走させたら、我々全員が助からない」
 チョープラーが、眼を剥く。
「当然ですな」
「命を投げ出すおつもりか? 十数億の、人類市民のために」
 アークライトは訊いた。
「もちろんです。市民の保護が、戦士の務めだ」
「まいったな‥‥」
 アークライトは、ヘルメットを取って頭を掻いた。ティクバは本気らしい。
「そんなに簡単に暴走させられるものなのですか?」
 ホーキンスが、訊く。
「宇宙船指揮者と指揮者代理なら、共通の緊急用コードを知っていので、連絡艇の不活性化も暴走も思いのままです。ダリルにそれを直接入力させるだけだ」
「‥‥ならば、フレイルの全員を行かせなくても」
「いや、ひとりやふたりでは齟齬が生じた場合に対処できない」
 チョープラーのつぶやきを、ティクバが一蹴する。

「ティクバ。全員乗り込んだよ。指示をくれ」
 ダリルは通信機に呼びかけた。
「貴殿らが開けた穴から70メートル奥の隔壁に、同様に穴を開けてくれ。派手にやっても構わぬ」
「了解。瑞樹、フォコン発射」
「判ったわ。移動中‥‥。発射」
 イシュタルの主翼下から、フォコンが飛び出し、隔壁をぶち破った。
「命中。穴が開いたよ」
「その奥に、金属壁のようなものが見えるはずだ。人類が通り抜けられるだけの穴が開くまで、攻撃してくれ」
「瑞樹。フィリーネ。やっちゃって」
 二機のイシュタルから、交互にフォコンが発射された。三発目で、ようやく直径2メートル半ほどの穴が開く。
「開いたよ」
「では、すみやかにその中に入ってくれ。たぶん抵抗はないとは思うが、武装した上に気をつけて」
「了解」

「あと三分」
 ディスプレイで点滅するカピィ文字を見つめながら、ティクバ。
「たいした度胸ですな、ミスター・ティクバ」
 パルマー中佐が、手を差し出した。ティクバが主触腕を差し出し、握手する。
 アークライトは部下を見やった。ホーキンス大尉は覚悟を決めたのか、不敵な笑みを浮かべながらどっしりと構えている。チョープラーは、先程から小声でなにやら祈っている。
「穴の中に入ったよ。なんだい、これ」
 ダリルの声が、通信機から聞こえる。
「そのまま進むと狭い通路に出る。突き当りの部屋まで走れ」
 ティクバが命ずる。
 アークライトは自分の通信機を見た。フレイルの四人には、これから自分たちが何をするのか知る権利があるのではないだろうか?
 いや、いくら彼女たちでも、必死の任務にはためらいがあるだろう。まだ若いのだ。むしろここは、何も知らないまま死なせてやる方がいい。
「中佐。SASの連中には何も言わないのですか?」
 ホーキンスが、訊いた。
「知らん方が幸せだろう」
 パルマーが、肩をすくめた。
「‥‥我々が死んだあと、どうなりますかな」
「後事はヴィドに託してあります。彼がうまく取り計らってくれるでしょう」
 アークライトの問いに、ティクバがそう応えた。

「右上、真ん中、左下‥‥」
 ダリルが、ティクバの指示通りに制御パネルを押した。
 上方収納式の扉が、すっと開く。
「部屋に入ったよ」
「正面のコンソール、真ん中の制御パネルを押せ」
 ダリルが部屋へ飛び込んだ。瑞樹とフィリーネも、拳銃を構えたまま続いた。スーリィは、背後を警戒している。
 狭い上にコンソールだらけの部屋だった。ダリルが腕を伸ばし、制御パネルを押す。
「押した。あ、色が変わったよ」
「それでいい。言うとおりに押してくれ。真ん中、右上、左下、もう一度左下‥‥」

「戦略指導者、連絡艇八号で異常です。‥‥内部に侵入者」
 技術員が告げた。
「一隻くらいなら仕方あるまい」
 こちらの意図を悟ったティクバか人類が、強引に連絡艇の射出を止めようと足掻いているのだろう。オブラクは、鼻に副触腕を触れさせた。‥‥無駄なことである。
「‥‥八号のNTに異常。これは‥‥安全装置が解除されています。強制暴走だ!」
 技術員が、喚いた。

「なんか、緑色の文字がディスプレイで点滅してる。それと、耳が痛いんだけど」
 通信機から、ダリルの声。
「それで成功だ。ありがとう、ダリル。待機してくれ」
 ティクバが、アークライトらを見た。
「暴走開始しました。あと三十秒ほどで、臨界です。射出までは、あと一分。ぎりぎり、間に合いましたな」
「短いお付き合いでしたな、サー」
 パルマーが、さっと敬礼した。ホーキンスと、チョープラーも敬礼する。アークライトは答礼した。
「ミスター・ティクバ。あなたは素晴らしい戦士だ」
 アークライトは、泰然としているティクバの主触腕を握った。
「貴殿も良い部下をお持ちです。かような素晴らしい戦士と共に戦え、そして死ねることを本職は光栄に思いますぞ」

「‥‥なんか‥‥逃げた方がいいような」
 瑞樹は頬を掻いた。
「耳が痛いですわ」
 フィリーネが、言う。先程から、きーんという可聴範囲ぎりぎりの高い音が、鳴り響いているのだ。
「‥‥ねえ、ティクバ。指示をくれない?」
 ダリルが、通信機に呼びかけた。

「八号のNT暴走中! 臨界まで、幾許もありません!」
 技術員の叫び。
 ‥‥やられた。
 オブラクは驚愕のあまり、休息台から転げ落ちた。二千数百の同胞と軍用船二号を巻き添えに、ティクバは自爆するつもりなのだ。
 ‥‥負けた。
 オブラクは自らの敗北を認めた。ここで連絡艇が暴走してしまえば、同胞の数は半減する。これ以上抵抗しても、益はない。さらに人類に対するこちらの立場が弱くなるだけだ。ティクバはたしかに裏切り者だが、種族そのものを裏切ったわけではあるまい。
 オブラクは自分の通信機を取り上げた。
「宇宙船指揮者ティクバ。本職の負けだ。制御コードを教える。暴走を止めろ!」

 オブラクが早口で述べた制御コードを聞いたティクバの副触腕が、眼にも留まらぬ素早さでコンソールの上を踊った。
「戦略指導者オブラク。船内のすべての者に戦闘中止を命じろ。本職の部下が到着し、船内を掌握するまでその態勢を維持せよ」
「承知した。侵入した人類はどうなる?」
「すみやかに退去させる」
 ティクバは請合った。
「‥‥ど、どうなったのです?」
 ホーキンスが、訊く。
「オブラクが指揮権を放棄しました。我々の勝利です」
「では、自爆は‥‥」
「回避されました」
 ティクバが、喋る。
 チョープラーが、床にへたり込んだ。
「寿命が縮むとは、このことだな」
 左胸に手を当てながら、アークライトは言った。
「いや、寿命が延びたんですよ、サー」
 パルマーが、さっそく軽口を叩いた。
 先程まで盛んに聞こえていた銃声が、散発的になっていた。パルマーが走ってゆき、撃ち方止めを命ずる。
 ティクバが、自分の通信機でいくつか命令を伝えた。
「すべての飛行兵器にも交戦中止を命じました。もうしばらく、貴殿らは船内にいてください。後続部隊の投入は中止。この船は、本職の部下が管理します。非公式ですが、いまのところ本職が全権を掌握したと看做して構わないでしょう。人類との停戦を提案します」
 ティクバが、アークライトに向かって喋る。
「さっそく、UNUFHQに連絡します」
 アークライトは、フルバックに陣取るオルコット大尉経由で、状況をUNUFHQに伝えた。
「GMT2000をもって、全面停戦することをUNUFHQは提案します。ご同意いただけますか?」
 エカテリンブルクとの通信を終えたアークライトは、そうティクバに告げた。
「同意します」
 ティクバが歯を見せて応え、主触腕を差し出す。
 アークライトはその先端をしっかりと握った。


「音が止みましたわ」
 フィリーネが、言った。
「ん、なんか、表示が変わったね」
 ディスプレイを見ながら、ダリルが言う。
「こちらホーキンス。フレイル、聞こえますか?」
 ダリルの通信機に、声が入る。
「シェルトンだ。聞こえるよ、大尉」
「司令の命令を伝達します。フレイルは、すみやかにその場を離れ、NT兵器に戻り、離陸せよ。離陸後は別命あるまで着陸船周囲を警戒。なお、カピィとの一時的停戦が成立した。自衛の場合を除き、カピィへの攻撃は禁止する。ただし、停戦命令が徹底していない可能性あり。充分注意せよ、以上です」
「うは。停戦成立か。ありがとう、大尉」
 ダリルが、浮かれる。
「やりましたね」
 フィリーネが、瑞樹に抱きついた。
 歩み寄ったスーリィが、ダリルとがっちりと握手を交わす。瑞樹とフィリーネも、ダリルやスーリィと握手した。
「じゃ、さっさと戻ろうか。一応、油断せずに行こうや」
 ダリルが拳銃を点検してから、先頭に立つ。瑞樹とフィリーネがあとに続いた。殿は、スーリィだ。
「で、あのコンソール、何だったんだろう?」
 瑞樹は首をひねった。
 四人の女性は、自分たちが天国のドアノッカーに手を掛けていたことも、その行為が戦争を終わらせた決定打であったことも知らぬまま、連絡艇の狭苦しい通路を歩いていった。

「終わったのか‥‥」
 矢野准将は、呆けたようにディスプレイを見つめていた。
 GMT2000をもって、カピィとの交戦を禁じる。
 UNUFHQからの通達は、短かった。
 チャン・リィリィ軍曹が、泣いていた。
 矢野は静かに歩み寄ると、イングラム曹長と無言で握手を交わした。山名とソムポンとも、握手をする。チャン軍曹も、泣き笑いの表情で矢野と握手を交わした。

「戦争が‥‥終わった」
 美羽はPCの前で脱力した。
 不思議なことに、嬉しいという感情は湧かなかった。ただ、つかみどころのない倦怠感に、美羽は包まれていた。
「なに脱力してるの! さあ」
 有賀中尉が、美羽に紙コップを押し付けた。透明な液体‥‥臭いからするとお酒らしい。
「‥‥わたし、未成年ですけど。それに、まだ勤務時間中で」
「関係ない! 命令よ、飲みなさい」
 すでに自ら数杯呷って、赤らんだ顔をしている有賀中尉が、美羽の顔に紙コップをぐいぐいと押し付ける。
「わかりましたよ‥‥飲みますから」
 仕方なく美羽は紙コップを受け取ると、ひと口飲み下した。‥‥おいしいとは思えぬ熱い塊が、喉を流れ下る。
「美羽も少しは喜びなさいよ」
 有賀中尉が、自分の紙コップからぐびりとひと口やる。
「‥‥なんだか、気が抜けちゃって。緊張の糸が切れた、ってのは、こういうことを言うんでしょうね」
 両手で紙コップを包み込むように持ちながら、美羽は言った。
「喜びなさい。もう、誰も死ななくて済むんだから。わたしもあなたも、総務のみんなも、フレイルの娘たちも、UNUFの兵士も、人類市民も、カピィも。誰も死ななくていいのよ。こんなに嬉しいことはないわ」
 有賀が、にこやかに言う。
「そう‥‥ですね」
 誰も死ななくていい。以前は当たり前だった世界。それが、戻ってきたのだ。
 美羽はもうひと口紙コップから飲んだ。今度のひと口は、なんだかおいしいように、美羽には感じられた。

 GMT2000。
 一年四ヶ月に渡る出身惑星の異なる知的生命体同士の死力を尽くした戦いは、終わりを告げた。
 ‥‥しかしながらそれはまた、形を変えた戦いの始まりに過ぎなかったのだが。



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